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歴史の丘を守り次世代に引き継ぎたい

    最新ニュース

県へ提出した監査請求が受理されました。陳述日は2月27日です。傍聴は20人まで。ご希望の方、ご連絡ください。                           監査請求書

12月26日号のタウンニュースに意見広告を掲載しました。      オピニオン

                                   同Web版は     こちら

     12月9日、無情。誠に残念ながら陳情は趣旨不了承となりました。  陳情書

     12月9日、藤沢市議会総務常任委員会で陳情を行います。     陳情書

     12月5日号のタウンニュース藤沢版に意見広告を掲載しました。  オピニオン

     同Web版は    こちら            

皆さんは この場所のことをご存知ですか。

現在、藤沢本町駅から歩いて5分の一等地、面積25,586.91公簿面24,388.22㎡)の広大な土地が売り出されています。

その土地は旧県立藤沢高校(藤沢本町)跡地です。神奈川県が進めている県立高校改革推進計画により同校は大清水高校と再編統合され清流高校(藤沢市大鋸)となりました(2011年)。藤沢本町の藤沢高校は廃校となり、昨年までその跡地の譲渡について神奈川県と藤沢市とで交渉が行われていたそうです。

藤沢市が取得を断念して、民間に売却されることになりました。  資料(県による跡地利用の説明)


藤沢市が取得を要望し、そして断念した理由。

藤沢高校は1925年、大正14年、藤沢本町に旧藤沢町立の女学校として設立。1951年(昭和26年)、県立へ移管。1977年(昭和52年)、校地が市から県へ無償譲渡されたそうです。

 

閉校後、県より市に対して跡地取得の意向の有無の照会があり、もともとは市有地であった経緯から藤沢市は無償譲渡を要望。しかし、県は県の条例により有償譲渡の方針で、跡地を50億円といい、市が購入する場合は半額の25億円で良いとしました。藤沢市はそのような価格では市民を納得させられない(2013.12総務常任委員会)という見解で購入を断念したそうです


そんなに大事な土地なのでしょうか。

冒頭にあるように駅近で見晴らしのよい一等地です。大正時代にできた伝統ある藤沢高校で多くの女性が学びました。 それ以前には火事の際の延焼被害対策の火の見が置かれ、周辺の安全のための鎮守の森であり、また東西南 北を繋ぐ主街道の交差する要衝でもありました。

これは市が進める街並み百年条例など、景観重視の観点、次世代に対する郷土愛育成においても、 極めて重要な意味を持ちます。同時に交通至便で風光明媚な高台の一等地は防災、文化教育、スポ ーツ、さらに生涯学習等、様々な活用が可能な場であり、活気あるまちづくりにも繋がります。


取得断念のことや、経緯はあまり知られていないようです。

そもそも、学校敷地は市から県へ無償譲渡されました。また、県立移管では校地面積を確保するために市民から藤沢市に寄付された土地も少なからずあったそうです。このような経緯から、跡地を有償で市が取得することについてはもともと難しい状況がありました。

市の取得断念という決断はやむおえないかもしれないという見方もできます。

が、逆に本当に手放してしまっていいのか、なんとか取得(返却の実現を)できなかったものかとも言えます。

可能性をもった土地であることは確かで、両論がとことん話し合われて然るべきだと思われますがその形跡はあまり見受けられません。


民間への売却はどのように進んでいるのでしょうか。

 市の取得断念の後、伝統校の跡地ということから民間への売却であっても公共的な活用となるよう方法が探られたようです。

今年の秋、藤沢高校跡地活用に係る民間事業者募集要項が公示され、その中では売買参考価格が21億9千500万円と示されました。それは、昨年、市に示した額よりも低く、また、50億からは56%減額という数字です。この数字は経緯を知る市民には驚きの中で受け止められました。

県の売却に関する最新の公示
 
公募に関する書類
 
タウンニュース藤沢板による報道内容(2014/11/24)
藤沢高の跡地公募型売却へ」

公募はどのようなものでしょうか。


上記の公募に関する書類では、公募方法、参考価格や、藤高に関する資料や条件、契約書の案が示されています。  

 

 資料抜粋



民間への売却で私有地になってしまうのでしょうか。公共的な土地利用はあるのでしょうか。

県は「周辺環境と調和した良好な土地活用を図るため」という目的を掲げ、「高齢者、障がい者、子育て世帯等多様な世帯が健康で暮らせるまちづくりの事業と必要な施設の設置」という理想的な条件を公募に示しています。

が一方、契約書案を見るとその変更や解除は県と購入者(業者)との間の協議と手続きで可能であり、また、指定用途を義務つける期間が設定されてはいるものの、引渡し後から10年間でしかありません。

昨今の日本の経済状況下で限界のあることも理解できますが、より長期的な展望も必要に思います。この公募資料から施設を想像して、跡地の利用のことでもう少し説明が欲しいという市民は少なからずいるようです。


地元や市民の理解はどうなのでしょうか。

藤沢市が取得断念を決定したのだから、もう市民は何も言えないのでしょうか。

歴史のある丘が安く売られて想像もできない姿に変わってしまうかもしれない。そのことについて話し合える場所はもうないのでしょうか。
跡地の活用(民間の開発)があれば、地元にも大きな影響があるでしょう。
いまでも、そのことを知らない地域住民もいます。また、風景や環境がかわってしまうかもしれないことに不安を感じている住民や市民もいます。

藤校跡地の民有化は、藤沢市にとって損失ではないかと心配する市民もいます。